カテゴリ:趣味の歴史・古代史・考古学( 5 )
2018/7/23 おぶうの考察
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<2018 三重美里 ギャラリー0369>


写真展に遊びに来てくれました。


一年でこんなに大きくなったちゃってちょっとびっくり。

三澤「ほらほら、おぶう呑んで落ち着いて。」
ママ「おぶうって、何ですか?」
三澤「え? 赤ちゃんが呑む白湯やお茶のことだよ。ウチのヨメさんがそう言うの。」
ママ「初めて聞きました。」
パパ うなずくだけ
三澤「へえ、ウチだけなのかなあ?・・・」

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それで、おぶうを調べてみました。

すると、京言葉の幼児語・女性語として、「おぶう・御湯=飲むための湯。湯茶。おぶ。 」とありました。
なるほど、もともとは京言葉なんだ。

こういう育児に関わる言葉って、母から娘に伝わってゆくだろうから
母系のおばあちゃんとか、ひいおばあちゃんとか、もっとまえのおばあちゃんとかに
京文化に影響を受けた地域の人がいて、そこからずっと伝わってきたんだろうな。

ちなみに、自分は子供が生まれるまで知らなかった。
男ってそんなもんだ(汗)

ヨメさんは、名古屋産。
ヨメさんのお母さんは岡山産。
どこかで、関西系の人がいたんだろうなあ。








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by misawa_now | 2018-07-25 07:10 | 趣味の歴史・古代史・考古学 | Comments(0)
2018/5/6 縄文土器のこと

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<2018 名古屋>


【趣味の考古学】縄文土器のこと
縄文土器の底はとがっているモノが多い。
底があってもとても小さい。
それは小学生の頃は、底を平らにする発想がなかったのだと教えられた。
縄文人って馬鹿だなあと思った。
その後、地面にさして周りで火をおこしたのでこの形になったと聞かされた。
なるほど気づいた人すごいなあと思った。

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話変わって、昨日はウチの田植え。
小さな水盤で毎年水稲を育てている。もう10年以上続けている。
ここ数年、土が腐ってろくな収穫もない、水盤だからなかなか水が循環しないのだ。
なので、今年は水盤の下に穴を空けた。
小さな穴だけど今度は水はけが良すぎて水が溜まらない。しかたなく穴に栓をする・・・。
一日2リッターぐらいづつ漏れる水盤があればいいのだけど、漏れる水盤なんて商品として成立しないから、ないだろうな、自分で作るか・・・。
常滑の焼き物屋で居候していたので焼き物には多少知識がある。
このサイズの水盤を、切れずに(ひび割れを起こさずに)乾燥し焼き上げるのはかなり腕がいる。
ひび割れはたいてい底に発生する。
乾燥するとき底と縁とで粘土の収縮が違うからだ。
ひび割れを起こさずに作るためには、底を小さくすれば良い。限りなく小さく・・・。

あ、
縄文土器って、そのために底がとがっているのかも。
精練されてな不安定な土を使って形を作るとき、底がない方がひび割れる可能性が低い。
地面に刺して使ったなんて後からの理由で、底がとがっていた方が安定して作れるからだ。


そう、ふと思った。








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by misawa_now | 2018-05-24 11:23 | 趣味の歴史・古代史・考古学 | Comments(0)
【趣味の地元史】鳴海球場
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<2017 名古屋>


事務所から数百メートルの所に古い球場跡があります。
鳴海球場。昭和2年に完成した古い球場です。

名古屋鉄道が球場を作りました。
名鉄の初期の沿線観光施設です。

西武の所沢球場と同じ役割で、球場を中心に鉄道を利用した人の流れと町を作ろうとしました。
鳴海球場の周りの住宅地は、名鉄初期の住宅分譲地になっています。
付近を歩くと、昭和初期の和洋折衷住宅が残っていたりして建築好きには面白いのです。

両翼106m センター132mの巨大な球場でした。
 参考:
  マツダスタジアム 両翼100m センター122m
  ナゴヤドーム 両翼100m センター122
  甲子園球場(改修前・ラッキーゾーン無) 両翼110m 左右中間128m センター120m (すごくデカイ!)
  甲子園球場(現在) 両翼95m センター118m

球場は昭和33年に閉場しました。
今はこの球場は自動車学校になっていますが、当時のスタジアムの一部はそのまま保存してあります。

外周を回るとちょうど600mあって、以前はよく自分のランニングコースにしていました。
























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by misawa_now | 2017-08-08 17:07 | 趣味の歴史・古代史・考古学 | Comments(0)
2017/5/5 趣味の古代史 知立(ちりゅう)の語源の推測 【知立神社】
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<2017 愛知県知立市 知立神社>


自分が住んでいる鳴海から見ると
知立というのは東隣の宿場町だ。
ヨメさんの実家も知立なのでなじみも深い。

でも、知立(ちりゅう)ってどういう意味なんだろう?
まったく思い浮かばない。
「池鯉鮒」と書かれた時代もある。
その昔は「智立」と書いていたらしい。

語源についてネットでいろいろ調べてみても
諸説入り乱れ今一釈然としない。
その中で一番しっくりきたのにアイヌ語説というのがあった。
アイヌ語で低い湿地帯を意味する「チリップ」という言葉が語源だという。
知立の名物は「かきつばた」
これも湿地に生える花なので妙に納得してしまった。
きっと、稲作に適した土地だったのだろう。

このことを人に話すと
たいていの人はここにアイヌ人が居たのかと驚く。
たぶん、
アイヌというより縄文人だったのだと思う。
DNA解析が進化して、アイヌ人が縄文人の直系の子孫だということがわかっている。

札幌サッポロがアイヌ語で「乾いた広い土地」
小樽オタルが「砂浜の中の川」
それと同じわけだ。

弥生人とともに西からやってきた稲作文化は
東海地方まで来てその先の深い森に阻まれて東進が停滞したと言われている。
この地方はいわば、渡来の弥生人と先住民の縄文人が接する
異文化交流の最前線だったと自分は推測している。

移民と先住民というと、争いがあった印象を受ける。
遺跡を調べると、確かに争った痕跡も多少あるが
多くはうまく共存していたことがわかっている。
弥生の集落に縄文の痕跡がない例はひとつもないらしい。
一緒に暮らしていたのだ。
共存 あるいはこれが日本人の本質かもしれない。

知立神社は東海道の三名社のひとつに数えられた古い神社。
遠い昔
この神社の元になったこの地の王様は
先住民の「チリップ」の土地に稲を植え、一緒に暮らし
移民からも先住民からも慕われ羨まれ人望を集めたのだろう。
だから今、それが目の前に残っている。

そんなことを考えていた。



三澤武彦









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by misawa_now | 2017-05-07 15:58 | 趣味の歴史・古代史・考古学 | Comments(0)
2017/4/24 趣味の古代史 日本語のこと
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<2017 愛知県>



(この話は自分の推測なので、ホントのことはわかりません)

もともと文字を持たなかった日本語は
もともとの「音」に意味があったと言われています。

「ひ」は、であり であったわけで、
熱く光り輝くモノが、「ひ」という音だったのだと推測できます。

三澤武彦
自分の名前に「彦・ひこ」の音が入っています。
ひこ」は「」をおこす人で、だから男子に付けるのだと聞かされたことがあります。
そして
」を見ている人が、「ひめ」なわけです。
なるほどなあと思いました。

」という音の中には、目であり芽であり、
見た目のかわいらしさ、いとおしさという意味もあったのでしょう。

はな」は、なんだろう?
花であり 鼻であり 端もそう
出っ張った端っこの事を意味したのでしょう。

魏志倭人伝のなかに、
従者が主の命令に「あい」といって返事をしたという記述があります。
現代では返事は「はい」と答えます。

おそらく「はい」も「あい」も、もともとは同じ意味だったのでしょう。
はい」「あい」=「愛」

愛とは相手を肯定すること 受け入れること
古代の人も、そう感じていたのかもしれません。



そんなことぼんやり考えていました。






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by misawa_now | 2017-04-27 22:52 | 趣味の歴史・古代史・考古学 | Comments(0)